ソーシャル・アーキテクチャー:社会の仕組みづくり
歴史を紐解くと、近代(アドルフロース、グロピウスら)が設定した近代建築の主旨は、社会のニーズを掘り起こし、次の社会の基本構造<アーキテクチャー>を先取りしてつくりだすことだったことがわかる。
「近代建築=インターナショナルスタイル」と捉えられがちだが、その前に、中世の建築(ボザールを代表とする)のあり方(プロポーションや様式美、オーダー秩序からなる)の非効率性・使えなくなってきたこと、から、決別する必然性を持っていた。
現代に照らし合わせると、「建築家」は、アートや美術的側面に注視しすぎて、「社会の要請に応える」ということを見落としてきたのではないか。むしろ、ネグレクト、さぼってきたのではないか、とさえ思える。行き過ぎた分業体制というのは、デザイナーはモノに直接タッチしない。施工者がつくる。建築家・設計者は指示する。監理はするが、手は出さないといった姿だ。
建築家は、もっと自らの手でモノに触り、モノを加工し、手触りをかたちにするべきだし、もっと、自らの身体で人と接し、人の話しに耳を傾け、その中から必要とされていることを抽出するべきなのではないか。自らの内面にある質感・手触りをかたちにすること。
現代の(少し未来を見据えた未来の)、社会(=人々の集まり)の要請は何だろうか?
縮小社会の中で、いかにポジティブに生き延びていくか。そのための具体的方策と環境=場所のあり方、プログラム。
コミュニティの問題、教育の問題、家庭の問題、子供たちの問題。
そういった、社会が要請モノゴトに対して、直接、具体的に、応えていけるような一年にしたいと思います。
そのための具体的な姿は、追々、発表していけると思います。
今年の初心表明でした。
[ben]
「近代建築=インターナショナルスタイル」と捉えられがちだが、その前に、中世の建築(ボザールを代表とする)のあり方(プロポーションや様式美、オーダー秩序からなる)の非効率性・使えなくなってきたこと、から、決別する必然性を持っていた。
現代に照らし合わせると、「建築家」は、アートや美術的側面に注視しすぎて、「社会の要請に応える」ということを見落としてきたのではないか。むしろ、ネグレクト、さぼってきたのではないか、とさえ思える。行き過ぎた分業体制というのは、デザイナーはモノに直接タッチしない。施工者がつくる。建築家・設計者は指示する。監理はするが、手は出さないといった姿だ。
建築家は、もっと自らの手でモノに触り、モノを加工し、手触りをかたちにするべきだし、もっと、自らの身体で人と接し、人の話しに耳を傾け、その中から必要とされていることを抽出するべきなのではないか。自らの内面にある質感・手触りをかたちにすること。
現代の(少し未来を見据えた未来の)、社会(=人々の集まり)の要請は何だろうか?
縮小社会の中で、いかにポジティブに生き延びていくか。そのための具体的方策と環境=場所のあり方、プログラム。
コミュニティの問題、教育の問題、家庭の問題、子供たちの問題。
そういった、社会が要請モノゴトに対して、直接、具体的に、応えていけるような一年にしたいと思います。
そのための具体的な姿は、追々、発表していけると思います。
今年の初心表明でした。
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辺境的中心論
先日、2011年12月21日、慶応大学で担当している「建築論」にて行った講義メモをアップします。
当日はダブルヘッダーで午前中の講義の後、時間が空いて、6限の夕方からの特別講義でした。
とりあえず、画像データで。



当日はダブルヘッダーで午前中の講義の後、時間が空いて、6限の夕方からの特別講義でした。
とりあえず、画像データで。



縮小経済・市民社会・辺境的中心・新しい公共
縮小経済、市民社会、辺境的中心、新しい公共。これらが次のパラダイムをつくるのだと思います。この辺りのことについて、きちんと考えよう。
縮小経済とは、地球規模の資源などのリソースに対して、人間の数が相対的に大きくなっていることから導き出される。物理科学をベースとしながら、経済学を手段にする。
市民社会は、国家をベースとする国民による社会ではなく、個々人が全体に対して責任をもつ社会。国家規模の補助金や助成金をあてにせず、独立的に営まれる社会。ちなみに国家と国民の英訳は、共に同じ、nationである。国家=国民=nationなのである。そのように僕たちの実感は感じていないのではないか?個々人の集合体が、たまたま国家としてまとまっているだけ。「国」に対して自分の「家」と同じ親近感と責任感と切実感をもって日々を過ごしている人は少ないのではないですか?
辺境的中心は、このブログで書いてきたような、力をもって自分がいる場所を面白がる人たちが複数人集まっている場所のこと。地方だろうが、都心だろうが、どこにでも、日本に限らず、全世界的に生成する可能性がある、地球上の独特な場所と人の混合体のこと。
新しい公共とは、縮小経済下で、市民社会を構成する個々人たちによって、辺境的中心として立ち現れるあらゆる場所に生まれる、新しいコミュニティの価値のことだ。
[ben]
縮小経済とは、地球規模の資源などのリソースに対して、人間の数が相対的に大きくなっていることから導き出される。物理科学をベースとしながら、経済学を手段にする。
市民社会は、国家をベースとする国民による社会ではなく、個々人が全体に対して責任をもつ社会。国家規模の補助金や助成金をあてにせず、独立的に営まれる社会。ちなみに国家と国民の英訳は、共に同じ、nationである。国家=国民=nationなのである。そのように僕たちの実感は感じていないのではないか?個々人の集合体が、たまたま国家としてまとまっているだけ。「国」に対して自分の「家」と同じ親近感と責任感と切実感をもって日々を過ごしている人は少ないのではないですか?
辺境的中心は、このブログで書いてきたような、力をもって自分がいる場所を面白がる人たちが複数人集まっている場所のこと。地方だろうが、都心だろうが、どこにでも、日本に限らず、全世界的に生成する可能性がある、地球上の独特な場所と人の混合体のこと。
新しい公共とは、縮小経済下で、市民社会を構成する個々人たちによって、辺境的中心として立ち現れるあらゆる場所に生まれる、新しいコミュニティの価値のことだ。
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【大地の景色】第43回中部建築賞 入選
先々月、現地審査のあった塩尻の住宅【大地の景色】、第43回中部建築賞の入選通知をいただきました。これも関係者一同のご助力のお陰です。
クライアントさんからのメールによると、塩尻は先週、初雪とのこと。
本格的な冬が始まりますね。
[ben]

クライアントさんからのメールによると、塩尻は先週、初雪とのこと。
本格的な冬が始まりますね。
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日々雑感
今日、ふと思いついたこと。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
クリアカットな解決が全世界を席巻することはない。
私たちは、ある問題に対してそれが解決されることを望みながら、日々を暮らしている。その姿は、ゴドーを待つウラジミールたちの姿と重なる。
ゴドーが現れること、と、すべての問題が解決すること。ゴドーを待つ間に交わされる一見無為な会話と、日々の私たちの暮らし。
日々の暮らしの中に、至福の瞬間は訪れる。今が一番幸せな瞬間であるな、という認識として。それは、長続きしないけれど、確実に私たちの心を捉える。
ひとたび一つの問題が解決されたとしても、またそこから、また別の場所から、新しい問題が湧き上がってくる。
ソリューションは個別の問題を解決するものではあるが、その存続は絶え間ない問題噴出によって保証されている。
活き活きとソリューションが活躍するためには、活き活きとした問題を必要とする。ソリューション単体で、何も問題のないところから生じるものではない。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
もちろん、僕たちは、何か不具合や課題が沸き上がったときには全力で対処するわけですし、 それ自体が業務というものでもあるのですが、
問題や課題がまったくない仕事は仕事ではないし、何かを解決してもまた別のプロジェクトで課題が持ち上がって、気が休まることはないのですね。その辺は、もう、悟りの境地というか、諦念です。
かといって、問題に対して手放しで放置するわけでもなく、無力感に苛まされている わけでもありません。むしろ、積極的に向かっていくための姿勢、といったらいいのでしょうか。
サミュエル・ベケットの戯曲『ゴドーを待ちながら』で、ウラジミールとエストラゴンが、ゴドーを待ちながら交わす会話にこそ、究極の目的があるかのように思うのです。もし世界に、目的というものを設定するのであれば。
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クリアカットな解決が全世界を席巻することはない。
私たちは、ある問題に対してそれが解決されることを望みながら、日々を暮らしている。その姿は、ゴドーを待つウラジミールたちの姿と重なる。
ゴドーが現れること、と、すべての問題が解決すること。ゴドーを待つ間に交わされる一見無為な会話と、日々の私たちの暮らし。
日々の暮らしの中に、至福の瞬間は訪れる。今が一番幸せな瞬間であるな、という認識として。それは、長続きしないけれど、確実に私たちの心を捉える。
ひとたび一つの問題が解決されたとしても、またそこから、また別の場所から、新しい問題が湧き上がってくる。
ソリューションは個別の問題を解決するものではあるが、その存続は絶え間ない問題噴出によって保証されている。
活き活きとソリューションが活躍するためには、活き活きとした問題を必要とする。ソリューション単体で、何も問題のないところから生じるものではない。
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もちろん、僕たちは、何か不具合や課題が沸き上がったときには全力で対処するわけですし、 それ自体が業務というものでもあるのですが、
問題や課題がまったくない仕事は仕事ではないし、何かを解決してもまた別のプロジェクトで課題が持ち上がって、気が休まることはないのですね。その辺は、もう、悟りの境地というか、諦念です。
かといって、問題に対して手放しで放置するわけでもなく、無力感に苛まされている わけでもありません。むしろ、積極的に向かっていくための姿勢、といったらいいのでしょうか。
サミュエル・ベケットの戯曲『ゴドーを待ちながら』で、ウラジミールとエストラゴンが、ゴドーを待ちながら交わす会話にこそ、究極の目的があるかのように思うのです。もし世界に、目的というものを設定するのであれば。
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【千駄木の住宅】行ってきました、石垣へ。

行ってきました、常夏の島、石垣島へ。大の大人男子、4人で。
僕たちは、いったい何をしに行ったのか?
季節外れのビーチでくつろぐためではなく(ほんの10分ばかり、川平湾を眺めましたが)、
八重山のグルメに舌鼓をうちに行ったわけでもなく(もちろん夜は泡盛をちびりちびりやりつつ、ティビチ、スクガラスなど食しましたが)、
日頃のストレス解消に、燦然と輝く太陽の光を浴びに行ったわけでもありません(秋雨前線の影響でどんよりとした曇り空でしたので)。
一軒の住宅のクライアントさんにお共して、一軒の住宅で使う、カウンター材を探しに行ったのです。
きっかけは、
「石垣島に旅行したときに、琉球松のいいカウンターがあった」
という、上棟式でのクライアントさんのひと言。
酒の力か、その場の勢いか、生真面目さのあらわれか、
「それならば、設計者としても、見てチェックしないわけにはいきませんね(笑)」
「いやいや、現場監督としても、現場に入る材料を見ないで工事を進めるわけにはいきません(キリッ)」
「なんだよ、大工抜きで材料を決めようっていうのか?(怒)」
以下、俺も、俺も、状態。
秋空らしくない、いまにも雨が落ちてきそうな空の下、石垣に飛んだのは、現場監督、大工の棟梁、クライアント、建築家、の厳選された4名。目的地は、石垣島の山の中腹にある「八重山森林組合」です。

八重山森林組合で窓口になってくださったT氏の手引きのもと、倉庫で保管されている材を見せていただき、なかなかこちらの想定に見合うものがないなぁ、と悩んでいたところ、T氏の
「伐採して切り出してみますか?」
という思いもよらぬ申し出が。一同、一瞬、顔を見合わせ、
「行ってみましょう!樹が生えている山へ」。
決めましたよ、伐り出す樹を。
今もまだ、生えていますよ、生きていますよ。
それを、これから石垣島で伐採してもらい、製材し、乾燥をかけ、東京の現場まで、運んできます。
カウンターのデザイン、輸送の方法、仕上加工、など、まだ予断を許さない状況ではありますが、
一本の琉球松から、カウンターをつくることに、なりました。
石垣島では、旧知のランドスケープデザイナーの方とすれ違い(同じ八重山にはいたのですが会えなかった)、
帰京したての浜松町では、別の建築家の友人とすれ違い(時間が遅かったので挨拶のみ)。
不思議な縁もあるものですね。
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【大地の景色】_111009

先週末、とある賞の現地審査立ち会いで【大地の景色】に行ってきました。
竣工から早いもので3年。
クライアントさんのご家族も増え(2人目のお子さんが生まれた)、楽しく暮らしていらっしゃいました。いつの間にか、ご主人が単管足場を組んで薪小屋を造っていました。このようにして年月と共に成長していく、家族と場所は素晴らしい。
夕日に映える西側ファサードも、心なしか、飴色が強くなったように感じました。
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Natural LIFE, comfortable shelter.
by ben_matsuno
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