カテゴリ:考えたこと( 134 )

ソーシャル・アーキテクチャー:社会の仕組みづくり

歴史を紐解くと、近代(アドルフロース、グロピウスら)が設定した近代建築の主旨は、社会のニーズを掘り起こし、次の社会の基本構造<アーキテクチャー>を先取りしてつくりだすことだったことがわかる。
「近代建築=インターナショナルスタイル」と捉えられがちだが、その前に、中世の建築(ボザールを代表とする)のあり方(プロポーションや様式美、オーダー秩序からなる)の非効率性・使えなくなってきたこと、から、決別する必然性を持っていた。

現代に照らし合わせると、「建築家」は、アートや美術的側面に注視しすぎて、「社会の要請に応える」ということを見落としてきたのではないか。むしろ、ネグレクト、さぼってきたのではないか、とさえ思える。行き過ぎた分業体制というのは、デザイナーはモノに直接タッチしない。施工者がつくる。建築家・設計者は指示する。監理はするが、手は出さないといった姿だ。

建築家は、もっと自らの手でモノに触り、モノを加工し、手触りをかたちにするべきだし、もっと、自らの身体で人と接し、人の話しに耳を傾け、その中から必要とされていることを抽出するべきなのではないか。自らの内面にある質感・手触りをかたちにすること。

現代の(少し未来を見据えた未来の)、社会(=人々の集まり)の要請は何だろうか?
縮小社会の中で、いかにポジティブに生き延びていくか。そのための具体的方策と環境=場所のあり方、プログラム。
コミュニティの問題、教育の問題、家庭の問題、子供たちの問題。

そういった、社会が要請モノゴトに対して、直接、具体的に、応えていけるような一年にしたいと思います。
そのための具体的な姿は、追々、発表していけると思います。

今年の初心表明でした。

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by ben_matsuno | 2012-01-01 08:15 | 考えたこと

日々雑感

今日、ふと思いついたこと。
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クリアカットな解決が全世界を席巻することはない。
私たちは、ある問題に対してそれが解決されることを望みながら、日々を暮らしている。その姿は、ゴドーを待つウラジミールたちの姿と重なる。
ゴドーが現れること、と、すべての問題が解決すること。ゴドーを待つ間に交わされる一見無為な会話と、日々の私たちの暮らし。

日々の暮らしの中に、至福の瞬間は訪れる。今が一番幸せな瞬間であるな、という認識として。それは、長続きしないけれど、確実に私たちの心を捉える。
ひとたび一つの問題が解決されたとしても、またそこから、また別の場所から、新しい問題が湧き上がってくる。
ソリューションは個別の問題を解決するものではあるが、その存続は絶え間ない問題噴出によって保証されている。
活き活きとソリューションが活躍するためには、活き活きとした問題を必要とする。ソリューション単体で、何も問題のないところから生じるものではない。
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もちろん、僕たちは、何か不具合や課題が沸き上がったときには全力で対処するわけですし、 それ自体が業務というものでもあるのですが、
問題や課題がまったくない仕事は仕事ではないし、何かを解決してもまた別のプロジェクトで課題が持ち上がって、気が休まることはないのですね。その辺は、もう、悟りの境地というか、諦念です。

かといって、問題に対して手放しで放置するわけでもなく、無力感に苛まされている わけでもありません。むしろ、積極的に向かっていくための姿勢、といったらいいのでしょうか。

サミュエル・ベケットの戯曲『ゴドーを待ちながら』で、ウラジミールとエストラゴンが、ゴドーを待ちながら交わす会話にこそ、究極の目的があるかのように思うのです。もし世界に、目的というものを設定するのであれば。

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by ben_matsuno | 2011-10-27 17:39 | 考えたこと

盛夏が始まった

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暑い夏が、また、やってきました。

【目白の住宅】は竣工間近で、現場は最後の追い込みに入っています。

【千駄木の住宅】は6月末の上棟を終え、様々な段取り中。

【ノマド村_竹テラス】は、材料の切り出し、下加工を終え、明日から本格的な建て方に入ります。スタッフの田中は先に現場に乗り込み、長岡造形大学の岩野君と準備を進めているはず。

松野も今日から淡路入り。
燦々と照らしつける太陽の下、作業をしてきます。

皆さんも、身体を夏仕様にして、
心地よく、盛夏と一体となった身体で夏を乗り切りましょう。

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by ben_matsuno | 2011-07-14 17:05 | 考えたこと

ポジティブ・スウェット

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今年の夏に向けて、今のうちから、汗をかくことをポジティブに捉えるイメージトレーニングをしておくといいと思う。ベタベタして気持ち悪い、ではなくて、デトックス的なイメージ。実際、クーラー使わないで寝ると肌が綺麗になる。

汗をかくということは、体内水分の新陳代謝でもあるし、汗と一緒に老廃物を体外排出してくれる。 汗をかかないのは、例えるならダム湖の底にヘドロが溜まっている状態。表面は波が立たず静かだけど。 いつも流れている清流の底は、もっと綺麗。水草が生えたり虫がいたり、生態系がある。

たまにアルコールなどで、体内水分の消毒をするのもいい。(医学的には間違ってますw)常に流れていれば、それがときに泥水の濁流であっても、川底には適度な栄養補給になる、というイメージ。

自分の身体を一本の河川としてイメージすると、静水がいいのか流れがいいのか、火を見るよりも明らかだろう。身体や生命は、動的な平衡状態なんだ。この辺は福岡伸一さんの受け売り。

だから、今年の夏から、汗をかくことにポジティブなイメージを持とう。夏の朝、汗まみれになったTシャツを脱いで、夕方打合せから戻ってきて、浴びるシャワー。始めは低めの温度で身体の粗熱を取って、最後に少し熱めの温度にして仕上げる。火照りが抜けていく時間は、この上なく気持ちいい。

今年の夏は、これまでの夏とは、いろんな意味で違う。
いいかたちで、新しい夏を迎えられるといいですね。

(11.06.03のつぶやきより。一部補追)

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by ben_matsuno | 2011-06-24 12:52 | 考えたこと

オレンジリボンとタイガーマスク

オレンジリボン運動という活動があります。

子供への虐待という、痛ましい事件が二度と起こらないよう、できる人ができることをしていこう、という活動です。
虐待されて育った人は、大人になって子供を授かったときに、自分の子供とどう向き合ってよいかわからず、自らも虐待するケースがあると聞きます。
大人の問題であり、社会の問題でもあり、どこか遠い世界で起きていることでもなく、自分たちの身の回り、もしかしたら自分自身の中にも、病の種は眠っているかもしれません。
痛ましい事件を、人ごとではなく、自分ごととして捉えること、そのための想像力が、求められているように思います。
そういったことを思い起こさせてくれる「オレンジリボン」なのだと思います。

世の中では、「タイガーマスク運動(?)」も報道されるようになりました。
僕たちが設計をさせていただいている児童養護施設にも、「タイガーマスク」「伊達直人」を名乗る寄付があったのだそうです。
よかったのは「タイガーマスク/伊達直人」という、ある種の匿名性を持った慈善活動が、ある規模を持って全国的に広まったこと。また、それによって「児童養護施設」の存在自体がメディアに乗り、広く知られるようになったこと。

そして、児童養護施設の子供たち、職員の方々が必要としているのは、必ずしも「ランドセル」ではなく、人々の、皆さんの、暖かい眼差しなのではないか、と思いました。

さらに言えば、暖かい眼差しが、一過性のものではなく、継続的で具体的な行い、行動につながっていくことが大切なのだと思います。


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by ben_matsuno | 2011-02-02 14:35 | 考えたこと

Dialogue in the Dark

少し前に、学生主体の演習ブックレット(大学の設計演習の記録をまとめた冊子)に寄せて描いた文章です。

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Dialogue in the Dark(*)


地球上にはいろいろな場所があって、長い年月の造山運動や雨や水の運動によってかたちづくられてきた地形、人々の営みによって数々の運河や道路や橋や鉄道や無数の建築物などが渾然一体となって「環境体」を形成しています。

「環境体」は空間と時間から構成され、変化し軌跡を残し動き続ける状態、つまり動態です。「環境体」を君たち僕たちが生きている一瞬の現代という断面で切り取った切断面では一見、それらは秩序だっていないように見えるかもしれない。

けれども、自然の力は巨視的に見れば、重力や分子間力といった科学で観測・予測できるシステムに則っているわけだし、人々の営みもそれぞれの時代の流れや、政治的な試みや、微妙な心持ちの機微などを編み込みながら様々な人工物をつくってきたわけで、渾然一体となって見える事物のなかにも、必ず何らかの理由があります。

君たちは、それぞれ種類の異なる理由を、これまでにないくらい解像度高く読み解き、成り立ちをつぶさに分解し、一旦、粒子状に噛み砕いた上で、問題点や改善するべき点を特定し、粒々やコロイド状の不整形な事物を再構成して、「これまでになかった」けれども「あったらいいな」という状態を作り上げなければならない。

そのなかから、自然の摂理や時代の流れや心の機微といった、それぞれ異なる次元の判断面に照らし合わせたときに、きちんと返答できるメッセージを発してもらいたい。さらに言えば、様々な外部的事象と「対話」してもらいたい。「対話」である以上、大仰な宣言でなくてもいいし、なにかの言いなる必要もない。雑談でもいいから「対話」を続けてもらいたい。「対話」の手段は必ずしも言葉でなくても、絵であっても図であっても模型であってもいいのですが、多重に折り重なった「あったらいいな」状態のなかに、多面的に照射される「意図」を編み込んでいってもらいたい。

多面的で強靭な「意図」を発現する人が、どんどん社会の一線にでて活躍することを期待しています。なぜなら人々は君たちの「意図」を欲しているからです。それが、まだ見たことのない姿を探し続ける暗闇のなかで、一条の光になるからです。



松野勉/建築家

千葉大都市環境システム学科 3年生ブックレットに寄せて

(*)Dialogue in the Darkは、1898年にドイツ人の哲学博士アンドレアス・ハイネッケ氏の発案により始まったイベントで、完全に光を遮断した空間の中を、目の見えない人<暗闇のエキスパート>を案内人として体験する試みです。
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by ben_matsuno | 2010-11-13 11:47 | 考えたこと

教える円環

梅雨も終わろうかとしている今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか。東京の空には、脚の速い雨雲の向こうに入道雲が見え隠れしています。

このところ、高知からのお客様をお迎えしたり、旧友の家を考えたり、各方面の知人(アーティスト、科学系、文化系など)に会いにいったり(これはもっぱら相澤)、学校で学生といっしよに設計や理論を考えたりしています。

子供のこと、共に暮らす住まい方について、建築で、その周辺でなにができるのか、考えています。考えるためには、絵や文章を書くことだ、と、学生に教えているので、それをそのまま、自分たちで実行しています。絵にすること、カタチにすること、模型を作ることは、表現手段であるのと同時に、発見手段だ、と、教えているので、これもそのまま自分たちで実行しています。

教えることと、実行することは、円環を描いています。
みんなが、教えるように教わり、教わるように教えたらいいのではないか、と思っています。
もう少し平易に言えば、教わる方は教える側の立場で考えてみるべきだし、教える方は教わる側の立ち位置を考慮して言葉や態度を示すべきだ、ということです。前者に比べて後者が易しいのは自明。だって、僕ら教えている側はかつて教わっていたのだから。


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by ben_matsuno | 2010-07-15 12:07 | 考えたこと

講義の評価:建築論

【建築論】という講義を慶応大学で2007年から行っています。

3年目となった昨年2009年の各回の講義サブテーマは下記の通り。

#0:建築脳・横断的に考えること/ガイダンス
#1:横断する歴史
#2:構造と素材
#3:ファッションと建築
#4:ひらめきの構造※レポート出題
#5:作家と建築家
#6:抽象性とは
#7:技術と芸術
#8:音楽と楽譜/建築と図面 ※レポート出題
#9:拡張する家族/都市とアクティビティ
#10:ジオデシック・ワールド
#11:建築と情緒、他(学生から募集したテーマ)
#12:建築家という生き方※レポート出題

昨今の大学ではFD(ファカルティ・デヴェロップメント)と称して、学生へのアンケートを行い、大学教員も様々なフィードバックを通じて「能力開発」するわけです。
僕の講義は秋学期担当なので、昨年度の学生からのアンケート結果が集計されてきました。

学生からのアンケート結果は?
by ben_matsuno | 2010-04-12 15:28 | 考えたこと

PC追放!!

先月、携帯を変えてiPhoneにしました。ブログを振り返ると2007年の1月に、発表されたてのiPhoneについての記事を書いているので、なんという遅ればせ感。その分、3GS化されて処理速度も上がっているので、まあよしとする。
メールを受けられるようにしたり、スケジュールを外からも書き込めるようにしたりして、基本的な設定は終了。シームレスにストレスなく使えているのでこれはいいや、ということで、近々、事務所中スタッフも含めてすべてiPhone化する予定。

そんな計画もあったりして、普段、PCやモニターでぎゅうぎゅう詰めの作業テーブル上から、パソコン(PC)を追放してみました。
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1m x 3mのテーブル上では、模型製作やスケッチ作業のみ。模型材料やスケッチペーパー、ペンや模型製作道具、そしてiPhone。(iPhoneだってちいさなPCなわけですが)

そもそも、建築の場合、最終的には空間というリアルな3次元世界に定着する「モノ」が対象なので、考えるプロセスから3次元化しているのは、直接的で心地よい。

PCはなくても建築を考えることはできる。
no PC, but Architecture.

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by ben_matsuno | 2010-03-09 10:15 | 考えたこと

時間とともにある

ブログひらめきの構造に、記事「時間とともにある」「『かっこいい』ということ」をアップしました。

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by ben_matsuno | 2010-01-25 17:25 | 考えたこと


Natural LIFE, comfortable shelter.


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