2009年 08月 25日
最近、鉛筆(ロットリングのホルダーか、シャープペン)でスケッチをする。ボールペンも以外と表現力があって使えるけれど、消しゴムで消せないし、線の濃淡や太さの表現の幅は鉛筆が圧倒的に勝る。一時はCAD(もしくはイラストレータ)でスケッチ的なこともしてみたけれど、画面の解像度も低いし線の濃淡もいちいち設定を変えなければならないし、ワンクッション多くなってしまう。タブレットも使えると思うけれど、外出先まで持ち出すのはこれまた面倒。
ということで、考えていることをそのまま絵にする瞬発力は、もう「手」「指」にかなうものはないと、割り切るようになった。
そうしたら、スケッチを始める前にほぼ毎回のように、自分が手を洗っていることに気がついた。
気分として「みそぎ」的な意味合いや儀式的な要素もなくはないと思いながら、いまは夏だから手も汗をかくし、なんとなくべたべたしていると気持ちが悪いので、石鹸をつけて手首から指の間まで、場合によっては肘まで、しっかりと洗う。
すると、腕から手首、手のひらから指先にいたる部位の、感度が上がるように思える。感度が上がった道具によって、かたち・意味・質感が一気に紙の上に立ち現れてくる状態は、スゴクキモチガイイ。
同じ、手・指・腕(場合によっては身体全体)を使う、ピアニストやギタリストといった音楽家も、ライブの前には手を洗うのだろうか?なんとなく、ぜひそうあってほしいと思ったりする。
手を洗うついでに、ドリップでコーヒーを入れる。かならず砂糖入り。砂糖しか入れない。
だから、僕のスケッチは、手と指と砂糖入りコーヒーからできている。
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現場への行き帰り、電車内で原稿を書く、ということをしてみた。常磐線のボックス席にて。
2MegaPixelsで、いまでは決して高いスペックとは言えないのだが
